アニメーション監督術(2010年度) 片渕須直監督:レポート

2010年12月24日(by キョウ) コメント0
12月18日(土)に[アート・アニメーションのちいさな学校]のアニメーション監督術 片渕須直監督の回を受講しました。2010年度講義の6回目になります。

片渕須直監督は、2009年度の監督術でも「マイマイ新子と千年の魔法」を中心に講義をしてもらいました(そのときのレポートはこちらのページで)。
今回も「マイマイ新子と千年の魔法」の話という事で結構重なるかな?と思っていましたが、全く違う内容の話をしてもらえました。原作からどういった意図でああいう構成の映画にしたのかという個人的に気になっていた点の話もしてもらえました。
会場はだいたい満員でした(40〜45人位か)。
以下、レポートです。

【注意】
  • 自分が取れたメモをもとにし+記憶で少し補足しているので、話の要点をまとめた感じの箇所が多いです。
  • そのため監督や発言した人の本意と少し外れてしまった点もあるかもしれません。悪しからず。
  • 話の内容を部分的にしかフォローできていません。

 ※記憶違い・間違い等があれば、コメントでもください。



●日本大学芸術学部映画学科で授業をもった事について

・今年(2010年度)から日本大学芸術学部でアニメを教えている。
 前任の高畑勳さんが75歳で定年になるので後釜。しかし実は高畑さんまだ74歳だった(笑)。でもジブリで映画つくるからと(継続するのは)断わられた。
・高畑さんの提出していた授業予定は、その時々でという感じの内容だった。
・映画は、中で描かれている事ばかりでなく外がある。


●昔のアニメ制作や作品等について

・大掛かりだったマルチプレーン撮影を使用した昔の作品を今観ると、デジタルでいろいろ出来るのでなーんだと言う感じ。
・日本で子どもが観るものだったTVアニメが、少し大人も観はじめたのは「巨人の星」「アタックNo.1」等からでは?
・50(歳)より上と下でアニメーターの人数が違う。
 50より下は「宇宙戦艦ヤマト」等で影響を受けた人が入ってきて、人数が多くなった。
・今の日本のアニメ技術は最盛期なので、今の人は「ヤマト」等を観てもなーんだという感じになる。
・昔の作品はエクスキューズしないと魅力が伝えられない。
・オリジナル(原作?)がある場合、結果の出し方が決まっていた方がいいのでは?
 初代「ヤマト」は生き残って帰ってくる話だったのに、次作の「さらば宇宙戦艦ヤマト」では特攻する話になっていたのは×。


●「マイマイ新子と千年の魔法」について

・ある原作ものでアニメをつくる企画が来て(監督の希望により詳細は書きません)、どういう話にするか構想を考えた。その原作や原作者の他の作品を読んだが、自分ともう一人の少女の2人の少女の話が基本だった。
・結局、その企画はダメになってしまったが、マッドハウスの丸山プロデューサーに報告したところ、「そういう話、できればやれば」と言ってもらえた。
 そのとき「マイマイ新子と千年の魔法」と「BLACK LAGOON」を同時に進めることになった。
・原作『マイマイ新子』は26章あって、どうまとめるかと考えた。
 ダメになった原作ものの”自分ともう一人の少女の2人の少女の話”の要素を縦糸にすれば出来るのではと思った。
・原作者・高樹のぶ子さんの『光抱く友よ』の中の話も取り入れた。
・高樹のぶ子さんのアニメ化に際してのお願いは一つだった。”切ない話だと思っているので、そこは大事にしてね”と。
 もう制作は進んでいたが、自分もそのように思ってつくっていたので軸(←うろ覚え)を外してなかった。
・原作ありきで作品をつくっても、自分の観たものや経験したものが反映される。
・広く原作や原作者に共通認識をもてるように、共通の場に立てるように(←うろ覚え)しないといけない。
・今回の講義は、Ust(Ustream)で流す話もあったが、忙しくて講義の用意をあまりできなくて流すレベルにならないので、止めにした。


●受講者とのQ&A

Q:昔のアニメが技術的な問題で観れない(今と比べると)という話があったが、アニメ作品は、物語で観れるのか?orアニメーション(映像)で観れるのか? その辺りはどう考えているか?
A:同じ物語でもどう表現するか。そうしないと、改めて映画にしないといけない理由がなくなる。
 アレもコレも表現と言える。
 アニメが実写より面白いと思うのは、コントロールできる・バリエーションつくれるところ。

Q:「マイマイ新子と千年の魔法」の新子と貴伊子2人の関係のモチーフor源流は高樹のぶ子さんの原作と監督が以前構想した原作もの企画からという話だったが、千年前の2人、千年前と昭和30年代を対比させるモチーフor源流は?
A:ロバート・レッドフォード主演の映画「ナチュラル」の最後に奇跡のシーンがある。「マイマイ新子と千年の魔法」も何らかの奇跡がどこかから来てそれで救われる話にしたかった。
 原作で小太郎(祖父)が千年前の防府(作品の舞台となった新子たちが住んでいる土地)について話す部分があり、それと繋げたいと思った。
 調べると千年前に清少納言がその土地に居た事がわかり、これと繋げようと思った。
 原作や原作者に立ち返るためにはと考えたら、少女2人の話になった。
 高樹のぶ子さんに清少納言(諾子)の話を追加する事を話すと、新子と同じ性格だしとOKをもらえた。

Q:アニメ表現の制限、自由・不自由さ、実写との違い、アニメだからできる事について、どう考えているか?
A:3DCGが出てきたとき、あるアニメーターさんが「頭の中で俺らがやっている事だ」と話していた。
 実写はアニメーションを取り込んで表現を広げている。
 アニメーションは根本的に自由。表現としては、自分でつくるだけなら何でも出来る。発表や販売等はまた別の問題があるが。人間の想像力の働く限りは、何でもできる。

Q:原作から逸れていってしまった場合、どうするか?
A:「アリーテ姫」(2000年)は、原作はフェミニズムを描いていたので、自分は”男がどんだけダメか”を描いた。
 どうしても原作通りにやりたくないなら、止めた方がいい。自分が原作を理解出来てないという事で。

Q:日本と海外の反応の違いについて
A:カナダの映画祭で「マイマイ新子と千年の魔法」は、”子ども時代の普遍的なものが描かれている”と評された。
 子どもは子どもなので共通しているのでは。

Q:個人的に面白いと思う作品は?
A:WEBアニメスタイルで上げたので、そちらを参考に。
※参照:WEBアニメスタイル | もっとアニメを観よう2011 第3回 片渕須直が選んだ「今、自分の中にうごめいている何かの『気分』の5+1本」
 「黄金の森の美女」「雪深い山国」(フランスのアニメーション作家:ベルナール・パラシオス作品)がよかった。
 シナリオ非常に良く出来ている。こういう世界はいいな。広がりをもっていつつ短編。
※参照:ベルナール・パラシオス短編集 [DVD](Amazon)

Q:「マイマイ新子と千年の魔法」の続編はあるのか? 思春期篇とかは?
A:原作者は『マイマイ新子』の続編をつくると言っていたが。まだ何も知らせはない。
 マッドハウスのプロデューサーには、”もう1本映画つくりな”と言われているが資金が。。
 同じモノをつくるなら、マイマイ新子とは別のモノにしたい。

Q:「マイマイ新子と千年の魔法」のTVシリーズ化はないのか?
A:大変なので勘弁してください(笑)。
 TVだと最低限妥協して表現しないといけなくなる場合が出てくる。TVの領域に戻りたくない(笑)。

Q:同じモチーフなら続編は3作目までという話もあるが、それについてはどう思うか?
A:モチーフの展開次第。
 3作で絶対という事はない。「猿の惑星」とかもある。
 監督やスタッフの資質次第。
 3作目だとプロデューサー等も手を抜きがちになる事はあるかも。

Q:「マイマイ新子と千年の魔法」の2人の少女の構想は、講義で話したある原作ものの企画で構想したから出て来たのか?
A:そうだ。
 「アリーテ姫」が一人の女の子の話だったので、2人にしよう、2人の男の子の話にしようと思っていたが、2人の少女の話に。
 自分はイメージだけでポンと出るのは難しい。考えて出る。

Q:海外で日本のアニメはどう受け止められているか? 今後の日本のアニメについてはどう考えるか?
A:カナダでの日本アニメのコンベンションに行った。コスプレの人は全て日本アニメのコスプレをしてた。その中で一人だけディズニーの白雪姫のコスプレをした人がいて和んだ。
 フランスの普通の電気屋に日本アニメのDVDがたくさん置いてあった。
 観られ方が違う感じがしない。
 いろいろな好みの中の一つとして観られているのでは。
 2005、6年から海外販売も落ちているが、ダメージに弱いのでは。
 昔はTVで”不景気になったらアニメ流しておけ”と言われていたが、今はお笑い芸人のギャラも安いので、そういった事もない(不況に強い訳でもない)。
 日本のアニメは特定の誰かに語りかけている感じもあるので、そういう面は大事にしたい。

講義での話は以上です。


●懇親会での話

片淵監督作品は何作か観ていて、「マイマイ新子と千年の魔法」も好きな作品で監督に聞きたい事も少しあったので、懇親会に参加しました。場所は、会場上のライブラリー。
監督の側で話を聞いていたとき、だいたい覚えていた点を少ないですが、挙げておきます。

Q:「マイマイ新子と千年の魔法」でひづる先生が不倫相手の手紙を焼くシーンは、あそこだけ大人の世界の話になっていた。新子から見ている世界ではなくなっているが、なぜか?
A:確かにそうなっている。
 子どもにとって大人は不合理で気持ち悪く思える部分があると思う。
 そういう事を全体を通して入れたかった。そうした表現の一つ

・以下、自分がした質問
Q:「マイマイ新子と千年の魔法」のバー・カリフォルニアのシーンで、タツヨシの父の自殺を知っているはずのヤクザと女が笑いながら陽気にバーから出てくる。自分は違和感を感じたが、それも大人の気持ち悪さを表現したかったからか?
A:そうだ。
 そのヤクザのキャラはヤクザっぽくない感じにしたくて、泉谷しげるがモデル。ヤクザの役はやっていないと思われた。
 もう一人の本物のヤクザっぽいキャラは後から登場するようにした。先に出てくるとテンプレ的になってしまうので。

Q:原作『マイマイ新子』のバーのシーンだと、タツヨシと新子はバーの女の頭を(バーに入る前の階段で)ゲンコツでゴツンと殴って走って去っていくあっさりしたものだったが、アニメでは長めに話を加えた理由について
A:そのバーの3人にも同じ人間的な部分があると入れておきたかったので。

(※監督に聞けなかった「マイマイ新子と千年の魔法」疑問点:
バーの部屋でタツヨシが女の頭を軽くこずいた後、二人がおとなしくバーの椅子に座りその場にすんなり収まってしまう事に違和感を感じました。ヤクザに背を向けて座ってはいますが。
今までの二人の感情(怒り・不安等)・勢いやバーの大人たちに脅された関係性・感情はどこにいってしまったのだろうかと。急におとなしくなり過ぎかなと。意図があれば聞いてみたかったです。
そのシーンの前に(作品には描かれていませんが)、タツヨシの父の自殺に関してバーの3人だけが悪い訳ではない+タツヨシの父にも大きな原因があったと理解した+3人がそれ程悪人ではないと感じさせられる事(コミュニケーション等)があったからなのかな?とも想像できますが。
あとタツヨシがバーの3人にあまり敵対的になっていなかったのは、元から父の自殺が父の側の原因が大きく仕方のない事だったと捉えていた事があったように思えますが。
 
バーのヤクザも間接的には死に追いやった面がありそうで(たぶん)、前日(←推測です)自殺に至った知人(客?)の子どもが木刀を持ち敵討ちにやってきたのに、悪びれず気まずい感じももたず、大した問題でないという感じでタツヨシに「さあ笑え」と喋り続ける事に違和感をもちました。
ヤクザの世界で慣れている・一般的な常識人でないからとしても、父親が前日(?)突然自殺したタツヨシの状況に対し鈍感過ぎる感じがしました。この辺りの描写も子どもから見た大人(人間)の気持ち悪さ・不合理さの表現だったようにも思えますが。
また一方、わざと明るい言葉で二人の気持ちを切り替えさせようとしていたとも受けとれます。そうだとしてもタツヨシの気持ちを考ると常識がない感じですが。
その辺りの意図についても聞いてみたかったです。

階段とバーの部屋のシーンの間にヤクザや女とのコミュニケーションがまだあったはずで、その重要になりそうなコミュニケーションのシーンが抜けています。それもあり、個人的にはバーにいたキャラの心情が繋がらず、チグハグに感じました。自分の想像力・読解力の問題もありますが。
その抜けているシーンを監督はどんな風にコミュニケーションがとられたと考えていたか、そのシーンを観た人の想像に任すつくりにした意図についても聞いてみたかったです。

上記に似た大雑把な感じで思っていたことを後で監督に質問させてもらおうと思っていましたが、聞く機会を逃してしまいました。細かい疑問点なので気後れもしたし。
本当はどんな意図があったのか聞けずに少し残念でした。)

懇親会での話は以上です。
熱心なマイマイ新子ファンの人が結構来ていて、熱気が高かったです。
片淵監督、お忙しい中、遅くまでありがとうございました。


今回講義を受けて

「マイマイ新子と千年の魔法」は、個人的にわからない・違和感を感じた部分もありましたが魅力を感じた作品だった事もあり(背景美術のディテールや作画も素晴らしかった)、劇場に3回観にいきました。
この講義の前に原作『マイマイ新子』を読んでみたところ、どうしてアニメ版がああいう構想になったのかと気になる点がいろいろ出てきました。
・なぜ、原作では描写が多いとは言えない新子と貴伊子の2人の関係に重きを置いたか?
・なぜ、原作に少ししか描写がない千年前の世界の話を膨らませたか?
・なぜ、千年前の少女2人と昭和30年代の少女2人の構想にしたか?
・なぜ、バー・カルフォルニアでのやり取りをああいう話にしたのか?
etc
今回の監督の話から、その疑問の多くがわかり、自分にとって貴重な講義でした。

懇親会で監督がアメリカン・ニューシネマの話をしていたところ、側で聞いていた受講者が、”「マイマイ新子と千年の魔法」は「タクシードライバー」(マーティン・スコセッシ監督)に似ている感じがしていた”と話していました。部分的にわかりずらい感じやイニシエーション(「マイマイ新子」ではバーにカタキウチをしにいく。「タクシードライバー」では売春婦のヒモたちを殺害)等でという事(←確か)。
自分はそんな風に感じたことがなかったのですが、言われてみて確かに似ている面があると思いました。作品全体のテイストや重きを置く点がだいぶ違いそうですが。
それは、監督が話していた大人(人間)の不合理さ・気持ち悪さ、人生や現実の不条理・壁、それに対する行き場のない気持ちが、「マイマイ新子と千年の魔法」でもリアリティをもち表現されていた・取り入れられていたからかなとも思いました。
きっとまだ「マイマイ新子と千年の魔法」には、自分が気付かない面がいろいろ隠れているように思えました。

監督には、言葉でうまく語りずらい表現も取り入れたリアリティもある魅力的な映画をまたつくってもらいたいです。

「マイマイ新子と千年の魔法」は、1周年記念特別レイトショーがラピュタ阿佐ヶ谷で行われるようです。
1周年記念特別レイトショー!! 2010年12月26日(日)〜30日(木) 夜9:00より1回のみ上映
あと12/25 18:20からWOWOWにて初TV放送らしいです。


次回講義は、まだ未定のようです。
今年度中に残り4回の講義は無理だろうな(笑)。

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