アニメーション監督術(2010年度) 佐藤順一監督:レポート

2010年11月6日(by キョウ) コメント0
10月30日(土)に[アート・アニメーションのちいさな学校]のアニメーション監督術の佐藤順一監督の回を受講しました。
実は監督術2010年度の講義は、5月3日の回からはじまっていて、今回が5回目となります(2009年度の授業日程が大幅にずれ込んでいたため、2009年度と2010年度の授業は前回まで重複)。

台風が迫る中にも関わらず、会場はだいたい満員でした(40人位か)。
監督が編集してきた各作品1話冒頭+OP一部をスクリーンで上映しての解説がありました。
今回は、懇親会での話が少し多めにあります。
以下、レポートです。

【注意】
  • 自分が取れたメモをもとにし+記憶で少し補足しているので、話の要点をまとめた感じの箇所が多いです。
  • そのため監督や発言した人の本意と少し外れてしまった点もあるかもしれません。悪しからず。
  • 話の内容の全てをフォローしていない&できていません。

 ※記憶違い・間違い等があれば、コメントでもください。



●はじめに(佐藤監督から)

・「皆さん、台風が来ているので大丈夫ですか?」
・会場内の挙手のアンケートから講義内容の方向を決める。
 「これから演出の仕事を目指している人」:数人か?
 「どんな風に演出をしているか(←うろ覚え)について聴きたい人」:多い
 「昔のアニメの制作話等のこぼれ話を聴きたい人」:ちらほら
→「だいたいわかりました。演出全般+ちょっとこぼれ話という感じにします」


●演出とは?

・ざっくりと演出とは「みんな普通にやっていること」。
 TPO等で服装を決める事も演出。基本的にはそういった事。
・その人(ターゲットになる人)に効果的に伝える事。
・その人の目線にいけるか。その人の目線に触れるか。
・そのためアンテナを張る必要がある。
 (ターゲットになる人々の)気分は、電車内・ネット上・ツイッター等で溢れている。


●「夢のクレヨン王国」(1997 – 99)、「ふしぎ星の☆ふたご姫」(2005)の1話冒頭編集版をスクリーン上映し解説
(編集版は、監督が編集した1話冒頭+OPの一部で構成されたもの。以下全てほぼ同様の構成)

・主人公をどう印象付けるか腐心している。
・小池一夫(漫画家)の『劇画村塾』を読んで「キャラクターを起てる(たてる)」という事をはじめて知った。
 「人に印象付ける=キャラクターがたつ」。
※参照:劇画村塾(Wikipedia)


●「悪魔くん」(1989)、「プリンセスチュチュ」(2002 – 03)、「カレイドスター」(2003)の1話冒頭編集版をスクリーン上映し解説

・冒頭シーン、夢の中で主人公が何をしたいかを表現している。構造似ている。
・「悪魔くん」「プリンセスチュチュ」では世界観自体にも興味をもってもらおうというつくり。


●「ストレンジドーン」(2000)、「劇場版 ゲゲゲの鬼太郎 おばけナイター」(1997)、「ARIA The ANIMATION」(2005)の1話冒頭編集版をスクリーン上映し解説

・「劇場版 ゲゲゲの鬼太郎」「ARIA」の冒頭:よくわからないものや生物が出てくる→何者だ?
・「ストレンジドーン」の冒頭:年齢層高めのターゲットなので、よくわからないはじまり方で。
・「ARIA」の1話冒頭:日常シーンが6秒と長い。


●「ARIA」に関して

・TVアニメは、通常300カット。「ARIA」は250〜270カットだった。
・カットの最長27秒。
・カットも音楽に合わせゆったりした感じにした。

原作について
・原作は、何もない日常を描いている、事件もない。起承転結の転も無いので、(アニメ化で)観れるものになるのか?と言われていた。
・原作は、主人公・灯里が将来一人前になりたいという柱が立っているので、大丈夫だと思った。必ずここに行き着くという安心感がある。
・誰と誰が好きがわかりやすく、とことんやる。
 灯里とアリシアがお互いを好き。
 灯里とアリシアがアリア社長を好き。アリア社長は邪心がない。猫だが人の心をもっている少年のよう。
 アテナとアリスも一歩捻ってあるがお互いが好き。
 後輩同士、先輩同士もお互いが好き。
 好きの構造がクモの巣のように繋がっている。
・好きである事、存在してくれている有り難さを繰り返し確認する。
・何も無い話なのに、その好きという人間関係の構造がしっかりしているので、面白い話がつくれる。
・悪人が全く出ない等、現実ぽくない話なので、世界も「ネオ・ヴェネツィア」(「アクア」と呼ばれている火星にある都市)が舞台で現実ぽくなくしているのでは?

・「ARIA」は、現実はこんなによくないとわかっているor現実はもういいと思っている社会人もひたれるようだ。
 この世界にひたれる自分は、まだいいかと思える。
・はじめは1期の13話で終わると思っていたが、シリーズで続いたりして、これまでとは違う特殊な経験だった。


●「うみものがたり」(2009)、「たまゆら」(2010)の1話冒頭編集版をスクリーン上映し解説

演出で気を付ける事
・世の中変わっていく。お客さんの器の型が変わる。お客さんの許容するモノサシが変わる。
 それは目に見えない。やってみて(作品をつくってみて)、はじめてわかる。

「うみものがたり」
・ファンタジーとリアルの中間の作品。
・捻ったものが受け入れられなかった。
・自分では定番でいいと思っていたアクションシーンのピアノのBGMが(視聴者側は)ダメだった。
・ハイグレード(年齢層高め)だったので、はじめの頃の話で主人公のモチベーション(セドナを倒す)を示さなかった。しかし、そのためユーザー(視聴者)側がわからなく感じ、観るのを面倒くさくさせたようだった。
・沖縄弁も受け入れられない人が多かった。
・ユーザー(視聴者)の受け取る定形が狭くなった?
・「ARIA」はシリーズで続いていたので同じつくり方をしていて、ブラックボックスになっていた部分が、新しい事をやって開いた。

「たまゆら」
・「ARIA」のファンタジーの世界をリアルに取り戻していく。
・空気感から入る。昔はなかったが、最近はそういうのができるようになった。
※上記の「うみものがたり」の批判を受け
・冒頭からわかりやすく。主人公のモチベーションも示す。
・広島弁も止める(極一部のキャラ以外)。


●作品づくりや最近のアニメビジネス周辺に関して

・自分だけが面白いと思っているものはよくない。ターゲットの目線で一度考えないといけない。
・しかし、自分が面白いと思っていないものは本当にならない。

・今のアニメは、エロ描写が多い作品が多いが、需要がある事を考えると現状は仕方がない。
 (作品の)エリアが狭くなり、全肯定できないが。
・値段安くて売れるようなコアでないおもしろいものは、マーケティングやリサーチが必要。でもその労力が掛かる。そこまでやる人がいない。そこまでやっていない。
・コアな作品だと値段が高くてもある程度売れる。
・アニメを観る人は世界で10億人くらい。でも日本のアニメのヒット作は1万枚(パッケージ販売で)。10億人を相手に出来る(ビジネスの)方法がないか。
・人件費は昔と変わらない。
・ツールで安くつくる事ができ、多くの人に買ってもらう仕組み等が出来ないか?
・10年前にやっていたことが売れない(他の業界でも)。
・自分の中のデータ更新するのは必要。
 例)ケータイ小説:ダメな事に興味がいきがちだが、面白いものがその中に入っている。
・最近のユーザー(視聴者)について:
 ストレスが嫌い。面倒くさい事が嫌。
 ぼーっと観て、それなりにテンション上がって楽しめるものがよいみたい。
 ストレスを(物語)冒頭に大きく掛けるものはダメ。

・自分のやりたい事はあるが、むき出しでやらない。
 排除したり付け加えたり。


●受講者とのQ&A

Q:アニメの海外展開が進まない問題点は?
A:ちゃんと調べている人がいないのでは?
 あと海外で深く浸透しているかと言うとそうでもない。
 つくる方が海外展開をきちんと考えてつくっていない。マーケティングしてない。
 国内だけに目がいって、その余裕がないのでは。

Q:「おジャ魔女どれみ」でリアリスティクな話(介護や夫婦不和等)も入っている。あえて入れたのか? またその意図について?
A:意図的に入れた。ライター含めて話し合い。
 子どもと一緒に観ている親にも評価されるものにしようとした。
 面白いものをてんこ盛りにしつつ、そういう話も入れた。

Q:女の子の主人公が多いのは何故か?
A:アイドルのパッケージビジネスとして企画が成立しているので多いのでは?
 たまには男の子主人公のものをやらせてくれと言っているが、やらせてもらえない(笑)。
 次作では中学男子の話をやる。12月くらいに情報解禁。

Q:最近のユーザーについて
A:「けいおん!」を観て、各キャラの声を聞くと近い音質の子が揃っていて、それはアリなんだと思った。
 昔の自分等の作品だと、声だけでキャラがわかる。はっきり違えるようにしていた。
 「たまゆら」では、近い音質の人たちにした。

講義での話は以上です。


●懇親会での話

佐藤監督の作品は結構観ていて好きだったので(「ARIA」「プリンセスチュチュ」が特に好きでした。昔の作品はあまり見てないのですが)、懇親会にも参加しました。場所は、会場上のライブラリー。

今回は話を聴く事に集中した&集中できた事もあり、ある程度は記憶していました。
自分の残っている記憶からおおまかに話をまとめた感じになっています。
一つ一つの言葉等について実際は違う言葉で話されていた可能性があります。
おおまかにはそういった内容を話されていた程度に受け取ってください。

各制作作品に関する事
・「カレイドスター」は、当時のゴンゾにはない(作風の)作品だったので、ゴンゾ内での扱いはよくなかった。
 後に人気が出て、ゴンゾ作品の人気投票で1位になり、見返した気持ちに(笑)。

・「ARIA」のヴェネツィア取材の話が出たとき、飛行機が怖くて苦手だったので、シリーズ13話だしあるわけないと思い、「行くなら行きますよ」と言っていたら、本当に行く事になった。飛行機は怖かったが行ってよかった。計3回行く事になった。
・「ARIA」の1話目を原作と変えたのは、13話でまとめなくてはならず(当初、1シリーズ13話で終わると思っていた)、尺が足りなかったから。
 原作だと自然に見える話の流れも、アニメのシリーズ構成を考えると説明不足もあるので、そういう話も入れたりした。

・「プリンセスチュチュ」は、完全に原案・伊藤郁子さんの世界。

・「たまゆら」は、出来ればTVシリーズ化を目指している。今の段階ではTV化はわからない。「たまゆら」の企画は自分が完全主導。
・「たまゆら」は、懐かしさ。「ARIA」は、???(←成る程と思えたのですが、失念)。

○ベルサイユ宮殿の村上隆作品展で上映された短編アニメ「Six Hearts Princess」の制作に関して(佐藤監督は監修を担当)
・自分は大衆娯楽の作品づくりの人だからと話していた。
・村上さんに話を聞いたり、話し合ったりしたが、結局、村上さんの目指すアートが何かはよくわからなかった。
・とりあえず、村上さんは「プリキュア」がやりたかったのかな?(笑)
・(そういうアニメのスポンサーである)玩具メーカーとの企画会議等でのやり取りを含めた実際のアニメ制作の話をすると、その都度、村上さんは感心していた。
※「Six Hearts Princess」ついて参照:Six♥Princess(Six Hearts Princess)まとめ ふたりはメロキュア


その他の作品に関する事
・「けいおん!」は後輩が外のバンドに参加しようとする回(9話「新入部員」)を観た。絶対、主人公たちのバンドに戻ってくるとわかる。そのつくりは、有りだと思った。
 しかし、なぜ外のバンドがダメで主人公たちの方がよいかわからせる話(納得させるような話)が少なく思った。戻るまでの時間も短く、簡単に戻ってき過ぎに思えた。何となくでは、戻ってくる理由はわかるのだが。
 パッケージとしては、(そのつくりは)よくわかる。


演出や作品づくりに関する事
・音響に関するこだわりについては、東映動画(1998年まで所属)で音響を重視した演出をしていた事から。演出と音響を兼ねていた。
・OP・ED等、作品に合うよい音楽の出会いがある。

・ロボットアニメの演出について:
 好きではない。苦手。ロボットのアクションのアイデアが出ないので。人間のアクションは大丈夫なのだが。
 「ガンダム0080」の高山文彦さんのコンテで「モビルスーツの腕が撃たれて垂れ下がり、その腕に持っていたマシンガンで自身を撃ってしまうシーン(1話冒頭)」を見て、自分はこういうことは思いつかないなと(佐藤監督は、甚目喜一名義で2、5話の絵コンテで参加)。
 自分が担当するのはロボットが出ない日常回が多いのだが(笑)。

・コンテは通常は誰でも描けるようなものにする。
 出来るアニメーターがやってくれるとわかっているときは、アングル凝ったり等レベルの高いものにする。
・コンテを上げるのが早いのは昔から。自分は特には才能が無いので早く上げる事くらいしかなかった。
・絵コンテが4:3から16:9に画面サイズが変わって苦労したことはない。
 劇場版のシネマスコープサイズをやったときに、画面の視点誘導でも演出した方がよいとアドバイスを受け、成る程と思った。

・2チャンネルも見る。批判的な事を見てもそんなには気にしない。
 自分が思っていた点ではなく、そこを批判するのかということも結構ある。

・視聴者の反応がすぐわかる方がよい。やる気になる。
 映画だと長期間作業した後に、プレビューでやっと反応がわかる感じなので、TVアニメ等の方がよい。

・何も制約がなく、つくってもいいと言われたら、「ストレンジドーン」のような作品をつくるのでは。
 何も制約がないものより、制約があってつくる方がよい。性に合っている。

・はじめから子ども向けの作品をつくりたかった。クレイアニメでもアニメでもよかった。一からつくりあげるものがよかった。

・自分がした質問
Q:作品づくりの一番の喜び・うれしさは?
A:人から受ける事。泣かせるでも怒らせるでも感動させるでも。(そういうところは)芸人なんです。

Q:昔からユーザー(視聴者)視点で、ユーザーに受ける・満足させることを考えて作品づくりをしていたのか?
A:はじめから玩具メーカーでの企画会議等で、その玩具がどうすれば子どもに受けるか、どうしたらキャラの人気が出るか等を考えさせられ制作することが多かった(東映動画の作品は玩具メーカーがスポンサーである事も多い)。
 そういう制約の中での作品づくりが、自分の性に合っていた。

Q:監督の作品は、1本筋が通っていると感じるものが多い。そのブレないコツ・理由は?
A:最初に、終着点・着地点を決めてつくる。そこからつくったラインを考えて、どのはみ出しまで問題ないかと話を考える。

懇親会での話は以上です。
監督は受講者の質問にほぼ休みなく答えられていました。
自分は終電のため24時過ぎに帰ったのですが、その時点でまだ受講者数人と話されていました。
忙しい中、ありがとうございました。お疲れ様でした。


今回講義を受けて

日程がずっと決まらずにいた佐藤順一監督の講義がとうとう来ました。
楽しみにしていましたが、一時期は、しばらくはもう無理かなとも思っていました。

今回の講義や懇親会での話を聴いて、監督は本当にエンターテインメントの職人なんだなと思わされました。
また、結構意外だったのが、自分の予想していた以上に、ユーザー(視聴者)に受ける作品づくりに重きを置かれている事でした。
現状のユーザーの分析(ストレス嫌いのユーザーが増えたetc。個人的にも頷ける)とその分析に基づく受けない要素を排除した次作への取り込み等の話が印象的でした。
今までの監督術講義の中で、ここまでユーザーに受ける作品づくりに重きを置いている事を話された監督はいなかったです。
ユーザーに合わせた作品づくり等、人によっては批判的に捉える面もざっくばらんに話されていました。
あと「ARIA」の分析が秀逸でした。

ユーザーに受ける作品づくり&受けない要素は排除する事もある作品づくりにも関わらず、自分は監督の作品にはあざとさをほとんど感じてなかったです。
また、各作品には、温かさ、心地よさ、ユーモア、誠実さといった面も含む佐藤監督作らしさや空気感のようなものがしっかり出ているように思えます。
ユーザーに受けるようにつくっても、そういった特徴が無くならないのは、作品づくりの芯がしっかりあるから、ユーザーの嫌がる事を軽視しないから、表現・主張し過ぎないバランス感覚があるからなのかな?と思ったりしました。
どの程度作品と距離を取っているのか等、もう少し監督の思い・考えを聞いてみたかったと、このレポートを書き終わって思いました。

次作予定の中学男子が主人公の作品は、監督作品では珍しい男子主人公でもあるし、どんな作品になるか楽しみです。
まだ未定ですが、「たまゆら」のTVシリーズ化にも期待。


次回講義は、まだ未定だそうです。

—-
この記事に対して問題等ありましたら、連絡先ページのメールアドレスまで。
何かあれば、コメントでもください。

コメントを残す

* [コメントを送信]ボタンを押すと確認画面を経ずに書き込まれます。