アニメーション監督術 第10回 杉井ギサブロー監督:レポート

2010年06月18日(by キョウ) コメント0
5月29日(土)に[アート・アニメーションのちいさな学校]のアニメーション監督術の10回目を受講しました。
今回は、杉井ギサブロー監督の2回目(昨年の1回目分レポートはこちらの記事で)。
アニメーション研究家の原口正宏さんが聞き手役でした。

「タッチ」「まんが日本昔ばなし」の話等から監督の演出について話してもらえました。
会場はほぼ満員でした(40人位か)。
以下、遅くなりましたが、レポートです。

【注意】
  • 自分が取れたメモと記憶をもとにまとめています。
  • メモがうまく取れず、記憶から補足し、だいたいの要点でまとめている箇所もあります。
  • そのため監督や発言した人の本意とは少し外れてしまった点もあるかもしれません。悪しからず。
  • 話の内容の全てをフォローしていない&できていません。

 ※記憶違い・間違い等があれば、コメントでもください。



●今回、原口正宏さんを聞き手役(? 違う表現だった気も)に頼んだ理由

(※前回は、杉井監督一人で講義されました。)
・自分の演出論を語ると整理されたものになりおもしろくないのでは?
・原口さんが作品を解説して、原口さんの切り口で聞いてくれ、それに答えることで生っぽくなり面白くなるのでは?
・そのような考えから、今回は原口さんを聞き手役(?)に進めることにした。


●「タッチ」に関して

・本編は絵コンテきっていない。
・OPとEDは絵コンテきった。全作品OPとEDはきっている。
 (OPとEDをきるのは)面白いもあるが、観客にこの作品はこういう切り口でとコミュニケーションし伝える役割があるので。
 スタッフ向けにも、どういう作品にしていくか伝えやすいので。

※「タッチ」TV版(1985年)のOPをスクリーンで観る。

・「タッチ」は本格復帰の2作品。もう一つは「銀河鉄道の夜」。
・カメラワーク、ゆっくりのPANを自覚的に取り入れた。
・本当にドラマをやろうとしたとき、カット割りだけで物語を語るのは限界があると思った。
・動き(の映像)に伝達機能があるなら、内面もアニメで伝えられるはず。
・動きの性質も内面を伝えるのに使える。
・カメラの速度は情感。
・「タッチ」(ゆっくりのPAN)では、1コマ0.175ミリ動かしてもらっていた(これ以上動かせない限界)。
 手分量で動かす。撮影さんは泣いていた。
・「タッチ」の特徴的なカメラワークやカット割のシーンもスクリーンで観る。

南と和也のキスシーンを(直接的な映像として)映さなかった理由について
・したかどうかわからないので。
・どんなにうまく描いても表現出来ない。観た人に増幅してもらおう。
・大事なところは、直接描かず、観る人に委ねることが多い。
・「どろろ」(1969年監督)の頃は、大事なところは観せなくていいとまでは思わなかった。

絵コンテや制作に対する考え方の変化
・空白の10年間(アニメの表現の壁にぶつかり、1975年くらいから日本各地を旅していた)で絵コンテのもつ意味が180度変わった。
・それまでは、自分の絵コンテのままやればいいと言っていたと思う。
・関わった人たちが映画を生かしてくる(現在の監督の思い)。
・絵コンテは、自分は決定的なものと思っていない。人に言われて、変えたり、やめたり。
・自分が思っていたものと違うものが出ても、よければ取り入れる。
・絶対というものを想定するほど、映画は小さくなると思う。
・つくる過程で変わっていく方がよい。
・完全にプランニングされた通りにあがった映画は、自分にとっては死んでいる映画と言えるかな。
・自分の現場は実写っぽい。色々と(現場で)試行錯誤する。
・デジタルでやれることの幅がものすごく広がった。合理的。そういうところは素晴らしい。


●「陽だまりの樹」(2000年)のOP+本編を少し観る

・手塚治虫さんのマンガはサービスがうまい。
・原作ものは、いつもバラバラに分解し整理して映像につくりあげている。骨格はきっちり残すが。
・広い意味のアニメーションは、絵画的。
・アトム以降のアニメは、演劇的、映画的。


●「まんが日本昔ばなし」[三枚のお札]の回について

※絵コンテと完成本編をスクリーンで観る。

・柔らかいキャラの柔らかい動きをアニメーターにつくってもらうため、柔らかいキャラデザインにした。
・自分は現場とぴったり。原画とレイアウト全て観る。
・原話をもらって脚本をつくった。表現は変えてもいいけど、骨格は変えてはいけない。
・基本1ショット1コマでコンテきる。
・原画のように描くコンテは好きではない。その部分は任せる。
・今のような心理的な表現でカメラワークを使用してない。テンポとかで使用してた。


●「グスコーブドリの伝記」(現在制作中の劇場作品:宮沢賢治原作)

・賢治の作品3本つくりたい。
・原作にこだわらず、オリジナルにつくりあげる1作目。あと1作も同様にしたい。
・今回もネコのキャラクター(ますむらひろしさんのキャラクター)。抽象化のため。


●受講生とのQ&A

Q:劇場版「銀河鉄道の夜」のナレーションがよかったのですが、その部分について(うろ覚え)
A:はじめは、ナレーション部分を取るように言われた。わからないということで。
 詩の朗読は音楽のようなもの。
 ジョバンニが生け贄だったのでは? ザネリが止める。
 感じ取る領域を発信する事で、作品の表現を広げるものにしたかった。

講義での話は以上です。


●懇親会での話

講義後の杉井監督を囲んだ懇親会にも参加しました。
場所は、会場の上のライブラリー。
監督の近くにいなかったのですが、「TVアニメの黄金期が終わり、パソコン等のデジタル技術も発達し、今は過渡期の状態。アニメーションの動き等も重視されるようになってきているのでは」(うろ覚えでだいたいの要約)という話が印象に残りました。


今回講義を受けて
今回の講義では、個人的に監督の以下の話が、興味深く印象に残りました。
・今となってはよく見られる「タッチ」における情感を表現するためのゆっくりしたPANの成立の話。
・アニメの表現の壁にぶつかり空白の10年間後、絵コンテや作品制作に対して考え方が180度変化し、逆にスタッフとの化学反応的なよりよい変化を取り入れるようになった話。
・観た人に増幅してもらう演出方法(直接、映像として見せない等)。
・デジタル技術に対して、積極的に取り組みうまく利用されているような感じ。
・現在は、現場の共同作業の映画づくりが好きな感じ。

以下、個人的に勝手に思ったこと。
杉井監督は1回目の講義でも話されていましたが、「アニメ表現は、記号的に説明するものでなく、感じ取れるものになるのでは? そうでなければ、自分はアニメの仕事をやらなくていいのでは」と思っていたそうです。
そうして放浪の旅をしていた空白の10年間を経て、自分の頭の中(理屈・計画)だけで作品を完成させることに限界を感じ、流動的で予測不能な部分がある外の世界・他人の世界・自然の世界を(制作過程でも)取り入れることにより(≒積極的な共同作業)、動きによる情感・感じ取る領域のもの(頭の理屈だけではない自然に近いもの)も表現しようとしていった面があるのかなと思いました。
表現したい・伝えたいものが理屈や言葉にしずらい情感や感じ取る領域のものなので、制作方法にも閉じた理屈や決まり等ではない自然的なものを取り入れることにより、その表現を実現しようとしたのかなと。
意識的だったかどうかは、そういう話が出なかったので、わからないですが。
その辺りの何故監督の考えが変化したかの話も詳しく聞きたかったと、今になって思ったりします。

評価が高い「銀河鉄道の夜」ですが、残念ながら自分はいまいちピンと来なかったのです。原作は昔読んだとき、好きだったのですが。
もっと沢山の映像作品等を観ていけば、そのうち理解出来るようになるのかな?

聞き手役進行の原口さんの質問はよかったと思いましたが、やはり抽象的・感覚的なことは、監督本人も理由がはっきりわかっていない、うまく言葉で言えない感じがあるような気がしました。今までの回でも、そういう印象はありますが。
自分の理解力の問題も大きい気がしますけど。
監督の話のメモを優先し、うまく質問をメモれなかったので、質問は割愛しています。すみません。


※追記:レポート紹介
アート・アニメーションのちいさな学校だより : 第10回(2010年度第3回)監督術:杉井ギサブロー
(↑原口さんの質問も載っています。会場で記録していた素材から、確認して文章を完成させた記事のような感じがするので、こちらの方が正確だと思われます。)


次回講義は、2009年度最後の講義になります。当初の予定では、佐藤順一監督。
本当に来てもらえるのだろうか?
そう言えば、来週TV放送の「迷い猫オーバーラン!」最終話の監督をやられていますね。その勢いで来てくれないかな?

追記[7/25]:
佐藤順一監督の講義ですが、先日、小さな学校から連絡があり、日程がうまく合わず、8月も難しいそうです。
「たまゆら」が現在制作中だし、「ウイッシュエンジェル」の制作も決まったし、しばらく無理かもしれませんね。。


—-
この記事に対して問題等ありましたら、連絡先ページのメールアドレスまで。
何かあれば、コメントでもください。